僕の欠損はどこにある?

僕の欠損はどこにある?

この間、【人は欠損に恋をする】という記事で個人や法人、コミュニティの戦略として欠損や余白を残しておいた方がいいという話をしたが、僕は自分の欠損がどこにあるのかわからなかった。

というのも僕は昔からスーパーボジディブで、どんなことでも大体のことは自分の長所として位置付けてしまうからだ。

なのでこの記事では今までに僕が言われたネガティブな言葉を一生懸命思い出してみた。

 

 

欠損の在りか

僕が今までに1番よく言われたこと

僕が今までに1番よく言われた言葉。

「お前はいつも自分のことを正しいと思っている。」

これだ。

僕から言わせればそんなの当然でしょ!くらいの勢いなのだが、これがどうも世間的には受けが良くないらしい。

僕はいつも話す前には自分の頭で考えて確信を持ち、これが正解だと思って話している。

その上で議論に及ぶ。

逆に言えば、僕に「お前はいつも自分を正しいと思ってる」という人たちはコミュニケーションを取る前に自分の中では正解がなくて、その上で話しているっていうこと?

それってつまり、相手に対してとても不誠実で準備不足で失礼なんじゃないの?

 

と僕は思ってしまいます。

お互いがお互いに正解とされるものを持って話した上で、お互いが納得し、新たな正解とされるものが生まれる。

僕はこれがベストなコミュニケーションだと思っているんだけど、そうじゃない人が多いってこと?

まったくわからない。

僕は常に自分を正しいと思っているけど、聞く耳持たず、なんてことにはならないように細心の注意をしていて、本当に納得する意見が聞ければ僕の意見なんていうものはころっと変わる。

だから僕を非難する時間があるなら、自分の意見で僕の意見を変えられるように己を改善してほしいんだけど…というのが正直な意見である。

と、ここまで書いていて思ったんだが、おそらくこのスタンスが僕の欠損の1つなのではないか。

 

2番目によく言われること

2番目くらいによく言われる言葉として「お前は人の気持ちがわからない。」

というのがあるんだけど、まさにその通り。

そもそもだけど、本質的に人の気持ちなんてものはきっと理解できない。

というよりも、理解したということを証明できない。

それなのに俺は人の気持ちがわかる!とか、○○の気持ちになってあげてよ!とか簡単に言っちゃう人の方がヤバいと僕は思ってしまう。

多くの人は理解をした気になっているだけで、本当にその人の気持ちを理解したのかとか、その人の気持ちにシンクロできたのかとか、考えたことがないのだと思う。

でも、実はそれもめちゃくちゃ不誠実で、「その人の気持ちを理解できた」と言った瞬間から、その人はその人の気持ちに対して思考停止状態になる。

それに比べて僕は基本的に人の気持ちなんて理解できないという立場を取っているから、理解できるまで考え続ける。

終わりなき思考だ。

 

本当はドライじゃない

こうやって書くと、きっと僕の方が誠実で、人の気持ちをめちゃくちゃ理解しようと考えてるから暖かい気がすると思うんだけど(してなかったらもうお手上げ)、ここまでのことを毎回会話で伝えるのは面倒だからいつも「人の気持ちなんて理解できない」で終わらせてしまっている。

そこでなんで?とただ一言突っ込んでくれればもちろん説明はするんだけど、大体の人は”こいつ変な奴だな”で会話が終わってしまうし、そもそも他人に興味がある人なんて一握りなので、僕は多分ドライに思われる。

でも本当はそんなことはなくて、オリンピックとかを見るとその人たちの努力を勝手に想像してしまって涙が出るし、ミュージカルでは登場人物に感情移入して号泣するし、路上ミュージシャンにはその決意をリスペクトして手持ちのお金があれば必ず投げ銭をする。

僕と本当に仲のいい人たちはきっとわかってくれてると思うんだけど、知り合ったばかりのたちからはなかなか理解されない。

それでも今までは理解してもらいたいとも思ってなかったし、理解してもらうべきだとも思わなかった。

なぜなら多くの人から理解されなくとも、僕にはいつも最高の友達や家族、僕を応援してくれる人たちが常に周りにいたから。

ただ、僕は去年の11月に会社を設立し、社会に向けてお節介をすることにした。

会社を設立したからにはちゃんとした実績を作りたい。

最近ようやくこのような欲が湧いてきて、毎日がワクワクし始めた。

だから僕はこの記事を書きました。

以上、僕の欠損はどこにあるのか?というお話でした。

ここまで読んでくれてありがとうございます!