人生における「勝利」の価値

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人生における「勝利」の価値

 

この記事はジーズアドベントカレンダー23日目の記事です。

 

みなさん、こんにちは。

ぼくは昨年まで日本IBMのラグビー選手でした。

トップ画像

常に結果を求め、勝利を求める。

勝つことがすべて。

ぼくはその姿勢こそ、アスリート、そのものだと思っていました。

 

しかし、ラグビーから離れ、スポーツという画一的なコミュニティから足を踏み出したことで、ぼくの中で感じるものがありました。

ですので、本日はそのことに関して記事を書きたいと思います。

 

長文になりますので、お時間のない方は「2 勝利至上主義」から読んでいただけると幸いです。

 

 

ぼくのスポーツ歴

現代のスポーツ界を振り返るために、現在23歳にしてスポーツ歴20年のぼく、遠藤悠生のスポーツ歴を辿りながら振り返ってみましょう。

ちなみに、スポーツは3歳の頃から続けているのですが、今回は面倒なので、小学生時代から書くことにします。

 

小学生時代→スイミングスクール

小学生時代のぼくは多動でした。

吹奏楽から相撲、民部和太鼓や中国拳法、陸上や水泳など、様々なアクティビティに参加したのを覚えています。

相撲

 

しかし、中でも力を入れていたのは、水泳です。

ぼくは3歳から12歳まで水泳をしていました。

3歳の頃は覚えていませんが、小学生になってからは、週1程度でスイミングスクールに通っていたのを覚えています。

水泳時代の写真

(写真左端に立っているぽっちゃり君がぼくです。)

 

小学4年生の頃、ぼくはぼくが通っていたスイミングスクールで、選手コースという名のクラスに選抜されます。

ここは一般のクラスとは違い、本格的に水泳選手として一流になることを目的とし、そのための練習をするクラスです。

週1程度だった練習回数は、週5〜6回に代わり、小学生にして早朝5時から1時間の朝練。

練習を終えると、学校へ向かい、放課後には再びスイミングスクールへ向かい、2時間の練習。

小学生にして、このような生活を送っていました。

 

ここで感じたのは、スポーツを通じて様々な人と関われて楽しいということ。

だけど、ツラい。

とにかく、ツラい。

同級生のみんなは放課後に楽しいそうに遊んでいるのに、どうしてぼくは練習に行かなければいけないのか。

そもそも自分からやりたいと言って始めた水泳だけど、本当は練習がつらくて今すぐにでもやめたかった。

なぜなら、息ができないから。

普通に生きてると、息ができない瞬間はなかなかないじゃないですか。

だけど、小学生の頃のぼくはおそらく時間にすると、少なくとも1年間で1週間くらいは息を止めていたはず。

 

水泳うんぬんの前にまずはもうとにかくツラい。

さらにコーチは厳しい。

みんなは遊んでいるのにどうしてぼくは、、、。

日頃からこのようなことを思っていました。

しかし、なんだかんだ嫌々と競技を続け、小学6年生の頃にはジュニアオリンピックに出場していた気がします。

 

中学生時代→陸上部

水泳が嫌になったぼくは、他のスポーツをしようと考えました。

今までの経験上、ぼくが経験してきたスポーツはすべて個人競技。

だからこそぼくは、中学では団体競技に挑戦してみたくなりました。

しかし、ここで新たな問題に直面することになります。

それは、ぼくが球技音痴だったということ。

足でボールを蹴ろうにも空を切ってしまい、ボールを投げようとすれば女の子のようだと言われる。

多くの集団競技はボールを使う球技。

団体競技をしたいぼくにとっては絶望的でした。

 

そんな中でぼくが出会ったのが、ラグビーフットボールという格闘技のようなスポーツ。

筋骨隆々の大きな男たちが、防具も何も身につけず、体と体をぶつけ合う。

ぼくは一瞬で魅了されました。

これなら、球技の苦手なぼくでも格闘技的要素で活躍できる!

こう思ったぼくは、すぐにラグビーを始めることに決めました。

 

しかし、千葉県の公立の中学校に進んだぼくには、ラグビー部に入部するという選択肢がありませんでした。

なぜなら、部活そのものがなかったから。

今でこそラグビーといえば7〜8割の方には伝わりますが、当時はラグビー自体の知名度も低く、中学校でラグビー部などを探してもなかなか見つかりませんでした。

 

そこでぼくは、来たるラグビーをプレーする日に向けて、基礎体力を向上させることを目的とし、陸上部に入部することに決めました。

種目は1500m。

陸上部

(中学3年生の時の写真。走ってばかりだったのでガリガリです。)

競技結果は市内で入賞はするものの、県大会に出場するには及びませんでした。

 

それもそのはず。

ぼくは部長でしたが、陸上部の練習にはほとんど出席しておらず、ぼくが練習するのは登校時のみ。

毎朝遅刻ギリギリで家を出るため、遅刻をしないように仕方なく通学路を全速力でマラソンするのです。

そのおかげでぼくは、ろくに練習をしなくとも、市内で入賞する程度の体力を身につけることができました。

 

ここからが本題ですが、ぼくが練習に出なかった理由は、単純に楽しくなかったから。

楽しくないとはどういうことか?

それは勝利至上主義にあります。

正直、ぼくは、特に勝ちたくなかった。

高校ではじめるであろうラグビーのために、基礎体力をつけたかっただけなのです。

それにも関わらず、部活指導に熱心な顧問の先生によって、練習は厳しく設定され、望んでもいない朝練を強制させられる。

休日には近くの陸上競技場を借りて、早朝からわざわざ練習。

こちらが望んだ訳ではないのに無駄に辛い練習。

「休日くらいゆっくり寝させてくれよ。」

このように思っていました。

なので、ぼくは部活動に出席することを徐々にやめ、試合にも出場しなくなりました。

 

しばらくすると、顧問の先生から召集がかけられ、「練習でろよ!!」と大激怒。

ぼくは仲間と一緒に陸上はしたかったけど、顧問のあなたに教わりたかった訳ではないし、無駄にストイックな練習がしたかったわけじゃない。

と思いながらも中学生の頃のぼくはそうは言えず、表面上で反省したふりをして、内心憤りを感じていました。

 

もしぼくの中学校に、緩めの陸上部と厳しめの陸上部があり、選択肢が用意されているなら、その顧問の主張は正しい。

しかし、実際には、陸上部は1つ。

仲間と一緒に陸上をしたければ、その部活動に入るしかなく、嫌々練習に付き合うしかないのです。

そんなこちらの事情も知らずに怒り狂う顧問に対しては、中学生ながら「こんな大人にはなりたくないな〜」と思っていました。

 

高校生時代→ラグビー部

1年生

先ほども申し上げた通り、ぼくは中学生からラグビーを始めたかったのですが、ラグビー部がないため断念。

そのため高校では、地元の千葉県で1番ラグビーの強い高校、流通経済大学付属柏高等学校に進学しました。

集合写真

ぼくの母校はスポーツに非常に秀でており、同期の中にはプロのラグビー選手もいれば、Jリーガーも大勢います。

 

そんな流経大柏で待ち受けていたのは、地獄のように苦しい練習の日々。

体重60kgにも満たない高校1年生が、100kg以上もある3年生と、ラグビーの練習をする恐怖。

先輩が向かってきたらタックルをしなければならない。

 

しかし、タックルをすれば、1年生のくせに生意気だといびられる。

なんとも理不尽な日々w

ラグビーをするために高校に入学し、ラグビーの練習をすると、先輩方に怒られるのですw

今はもうそうではないですが、ぼくらの頃は上下関係が非常に厳しく、先輩の命令は絶対。

もうそろそろ平成も終わりますが、まさしく昭和の部活動というような感じで、今後ぼくに起こりうるすべての理不尽は、ぼくの高校時代を上回ることはないと思います。

高校1年生

(1年生の集合写真。3列目中央で半身になっているのがぼくです。)

 

理不尽の例として、たとえば

 

  • 顔がムカつく
  • 笑顔になるのは太い(=生意気)
  • 自分の主張をするのは先輩の許可を得てから
  • いくら暑くても、氷を入れて水を飲んではいけない

 

このような価値観がベースにあり、ここからさらにオプションとして細やかなルールが加わっていきます。

コンプライアンスが厳しい昨今、ここには書けないような内容もチラホラ。

 

基本的に人権は認められておらず、一瞬でも自由を謳歌しようとすれば、物理的に叩かれます。

 

よくあるパターンとしてはこんな感じ。

 

  1. A先輩から、B先輩に悪口を言えと命令される。
  2. 1年生:「いや、それはできません。」
  3. A先輩:「は?太くね?(生意気という意味です。)」
  4. A先輩からフルボッコを食らう。(1回目)
  5. A先輩:「Bにはやく言えよ。」
  6. 1年生:「すみません。やっぱりできません。」
  7. A先輩:「そういうのいいから言えよ。」
  8. A先輩からフルボッコを食らう。(2回目)
  9. 1年生:「B先輩、口くせーよ!!」
  10. B先輩:「は?来いよ!」
  11. B先輩からフルボッコを食らう。(3回目)

 

というように、一度で二度、いや三度美味しい理不尽のフルボッコ。

 

当時はこれが嫌で嫌で仕方なかったです。笑

おそらく目が死んでいたと思います。

一年中、ヘビに睨まれたカエルのような瞳。

それか、生まれたての子鹿ちゃん状態。

しかし、幸いにもこれらの問題は時間によって解決され、2年生になると比較的自由が楽しめるようになりました。

また、基本的人権もほんの少しだけ認められるようになり、嬉しか。

 

2年生

高2の頃のぼくは、とにかくラグビーが楽しくて仕方ありませんでした。

ぼくによくしてくれる先輩と同じチームになり、その先輩と一緒に勝ちたいと思った。

そのために一生懸命ラグビーをし、寮生活ではその先輩とよく一緒に過ごしたのを覚えています。

先輩とのラグビー写真

(ボールを持っているのがぼくで、そのボールを受け取ろうとしているのがぼくによくしてくれた先輩。お気に入りの写真です。)

 

2年生の夏頃には、トータル約3週間にも及ぶ夏合宿で、チームからMVP賞をいただき、とても嬉しかったのを覚えています。

さらに嬉しいことに、初めてAチームと一緒の練習に加わることもでき、不安ではありましたが頑張ってよかったな〜と心の底から思いました。

 

以上にように、ぼくは2年生になり、ようやくラグビーの練習に身が入るようになりました。

1年生の頃は先輩方に怯えてしまい、いかに怒られず、いかに目をつけられないよう、先輩に気にいられるかに徹した1年でした。

当時の状況は、生産性の低いサラリーマンと類似していると思います。

 

しかし、エゲツないほどの理不尽を乗り越え、それをなんとかやり抜いたぼくは、必然的に社内政治力や人からかわいがられる力が身につきました。

そしてあの頃の経験は、今でも役に立っています。

 

3年生

3年生、ラストイヤーです。

塊

この頃になると、ぼくの頭の中は常に「全国制覇」でいっぱいになっていました。

 

話が少し逸れますが、ぼくらの円陣がカッコいいので是非見てみてください。

 

ちなみにこの臙脂(えんじ)色のジャージが、ぼくらのチームの正式なユニフォーム。

流経大柏

肝心の結果に関しては、うろ覚えではありますが、時系列的に言うと、新人戦では全国ベスト8

国民体育大会では千葉県代表として全国3位

そして最後の全国大会、通称「花園」では全国ベスト16

 

そう。

ぼくらは結局、全国ベスト16で終わってしまったのです。

心の底から全国制覇ができると思っていた。

それにもかかわらず、最後の試合の結果は16位。

ぼくらが全国制覇をできないなんて1ミリも思ったことはなく、そのために練習や生活、高校の3年間、すべてを捧げて生きていました。

 

しかし、結果は結果。

この時の虚無感は、それまでの人生で味わったことのないものでした。

 

専門学生時代→日本IBM

高校を卒業し、1年間のアシスタントコーチ期間を経て、ぼくは専門学校に入学しました。

その時の詳細についてはこちらの記事をお読みください。

 

 

専門学校に入学すると同時に、ぼくは日本IBMのラグビー部に入部することになりました。

しかし、残念ながら、そこで感じたのはチームとしてのまとまりのなさ。

 

一流の選手がいたのも確かですが、チームの多くは二流の選手。

ちなみに、ここでの二流とは、ラグビー選手としてのスキルの有無ではありません。

アスリートとしての姿勢の高さ。

それこそが一流と二流を隔てるものだと、ぼくは思います。

 

その意味でいうと、ぼくは実力こそまだまだではありましたが、アスリートとしての姿勢では一流だと思っていました。

 

しかし、だからこそ辛かった。

強くなりたい。

チームとして勝ちたい。

19歳のぼくはそう思っていたのに、周りの選手は試合に負けても笑っていた。

ぼくはとてもショックでした。

 

トップイーストリーグ。

サッカーでいうと、J2と同じレベルのリーグでプレーをする選手たちが、こんなものなのかと。

 

ぼくは徐々に苦しくなっていきました。

一生懸命練習をしても勝てない。

そもそも本当に一生懸命やっていた人間はどれほどいるのか?

監督は「勝つためのラグビーをして、そのための練習をしよう。」と言うけれど、一部の選手以外、チームのメンバーはなかなか本気にならずに、結果もついてこない。

 

この時、ぼくはスポーツを始めてから、初めて泥沼にハマっているような感覚に陥りました。

 

勝利を目指して頑張っている人間はいるけれど、結果はついてこない。

それどころか、勝利を目指すという目標。

中学生の時と同様に、その目標が、ぼくら自信を苦しめているのではないかとさえ思い始めました。

IBM Big Blue

結果として、ぼくはこのチームを最後にラグビーをやめることになるのですが、みなさんもうお分かりでしょうか。

ぼくらを苦しめていたものの正体。

それこそ勝利至上主義です。

 

勝利至上主義

現代のスポーツ界は、一言でいうならば、勝利至上主義です。

勝つことを目的とし、常に向上と成長を求め、勝利のために邁進する。

これが現在のスポーツ界です。

実際、ぼくもその中で一部として、常に勝利を目指し、心身ともにトレーニングを重ねてきました。

しかし、高校3年生の最後の大会、通称「花園」でまさかの全国16位で終わってしまったとき、日本IBMでの競技生活中になかなか勝てなかったとき、ぼくはふと考えました。

それこそ、勝利の価値

人生のすべてをかけて追い求めた勝利という名の概念

勝利とは一体なんなのでしょうか。

 

勝利の価値

勝利の価値とはなにか?

 

自分が勝つことで誰かに実益を与えるのか?

いや、与えないだろう。

 

ウサインボルトが世界で1番速く100mを走ることで、誰かが特をするのか?

それはおそらく、一部のスポンサーとジャマイカだけだろう。

 

しかし、アスリートには大きな価値がある。

 

それは内面的な価値

 

実際に役に立ったり、お金が儲かるわけではないけれど、見ている人々が興奮し、感動し、心を動かされる。

これこそ、アスリートが真価を発揮する価値提供の形である。

 

しかし、そうであるならば、アスリートは必ずしも勝利にこだわる必要はないのではないか?

 

内面的な価値とは、すなわちエンターテイメント。

 

スポーツを見ている観客の方々が楽しんでいてくれさえすれば、それでいい。

意外なようですが、実はこれこそ、とても本質的な話だとぼくは思っています。

 

顧客至上主義

観客至上主義とは、いわばお客さんファーストに徹した姿勢である。

言い換えるならば、顧客至上主義だ。

2020年東京オリンピックが予定されているのもあり、アスリートファーストだなんだと騒がれる昨今ではありますが、ぼくはこんなしょうもない話はないと思う。

 

見てくれる人がいて、対戦相手として戦ってくれる相手がいる。

チームの運営を助けてくれる人がいて、身体のサポートをしてくれる人がいる。

 

これらの人々がいるから、アスリートはアスリートとして振る舞えるのである。

もし本当にそうであるならば、その恩に報いないわけにはいかないだろう。

 

顧客至上主義のフレームワーク

顧客至上主義に徹するため、すべてのアスリートに必要なフレームワークは以下の通り。

 

  1. そもそもなぜ顧客を楽しませる必要があるのかを考える
  2. いかに顧客に楽しんでもらえるのかを考える
  3. 「楽しむこと」の要件定義をする
  4. その中の要素を、それぞれの要素ごとに、再度要件定義をする
  5. 要件定義を繰り返し、解像度が高まった「楽しむこと」の要素をコスパと重要度が高いものから実行していく
  6. それらを実行する上で、それらを継続しやすい環境を整える

 

これだ。

この考え方である。

 

たとえば、顧客が「楽しむこと」の一要素として「勝利」をあげるのなら、以下のようになるでしょう。

  1. なぜ「勝利」をすべきかを考える
  2. そもそも勝利とは何かを定義する
  3. 勝利すべき対象・目標を決める
  4. 「勝利するために必要な要素」を定義する
  5. 要素内で、コスパと重要度が高いものから実行していく
  6. 「勝利するために必要な要素」を実行する上で、それらを継続しやすい環境を整える
  7. 「継続しやすい環境」の要件を定義する
  8. 要素内で、コスパと重要度が高いものから実行していく
  9. 「継続しやすい環境」の要素を実行する上で、さらにそれらを継続しやすい環境を整える

のような無限ループ。

考えるときは数字の少ない方からで、実行するときは大きい方から。

 

ここでは「勝利」という要素だけを取り上げたが、顧客を楽しませるための要素は、他にもまだまだあるだろう。

  • 勝利
  • 成長性
  • 期待感
  • 親近感
  • 親密度
  • 華麗さ
  • 泥臭さ
  • 汗臭さ
  • ファンサービス
  • グッズ販売
  • スタジアム環境
  • 応援のしやすさ
  • 一体感
  • 肉体美
  • 伸び代
  • 激しさ
  • 美しさ
  • 俊敏性
  • スリル

などなどである。

なので、先ほど取り上げた「勝利」という名の要素は、これらの要素と並列に配置される一要素であり、過剰に取り扱われる必要はまったくない。

 

人生における「勝利」の価値

ここで話を戻すが、人生における「勝利」の価値も、これとまったく同じである。

 

エンジニアとして年収2000万円が稼げるようになれば勝利、すなわち成功なのか?

セールスマンとして億単位のマンションをガンガン売れるようになれば、勝利を手に入れたことになるのだろうか?

起業家として巨万の富を築き、知名度を獲得すれば、人生を勝利した状態になるのか?

 

ぼくはそうは思わない。

なぜなら、勝利に本質的な価値など、1ミリもないからである。

本当に価値があるのは、自分に関わってくれた人や、周りの人が幸せになること。

関係性の中で、自分自身が幸せになること。

これに尽きると思う。

 

価値ある行為をした後に、お金が報酬として支払われるのであって、お金=勝利ではない。

それと同様に、肩書きやタイトルが価値のあるものなのではなく、そこに到るまでの過程こそが、そこで得られた関係性こそが、もっとも価値のあるものなのである。

 

これらを踏まえ、ぼくがこの記事の中で本当に伝えたかったことは

人に幸せを与えられる人間を目指し、幸せな人間を目指そう

ということです。

 

厳しい練習に励むアスリートも

毎日必死でコードを書くエンジニアも

死に物狂いで契約を獲得するセールスマンも

すべての職業人が同じである。

 

勝利は本質的ではありません。

 

ぼくはトップアスリートにはなれなかったけれど

その時に関わっていた周りの仲間たちは

今でもアツい戦友として

ぼくの中での大きな資産になっています。

 

人を幸福にできる人間を目指し

自分が誰よりも幸せになるために

みなさん、明日も一日頑張りましょう。