2. 僕が起業した3つの理由とは?

2. 僕が起業した3つの理由とは?

 

僕は今22歳。
大学4年生の代です。
この記事では僕が22歳という若さで起業した理由についてお話したいと思います。
今回はその2つ目です

 

【 僕が起業した理由 】

  1. 普通に働けなかったから(0→1のプラットフォームを作るため)
  2. アスリートのセカンドキャリアという問題に気がついたから(内面的な価値を可視化し、人々に内面的な価値が価値あるものだと認識してもらうため)
  3. 実現したい世界があり、世の中でまだ誰も実現していないから(0→1を作る楽しさに魅了されたから)

 

 

 アスリートのセカンドキャリアという問題に気がついたから

アスリートのセカンドキャリアという言葉が世の中で話題になり始めてから、数年が経ちました。

僕自身も去年まではアスリートとしてプロラグビー選手になることを目標にしていましたので、いつかは直面する問題なのだろうなぁと思っていました。

しかしその時は僕の想像以上に早く訪れました。

以下に僕がセカンドキャリア問題に出会うまでの経歴を時系列的にまとめます。

 

ラグビーを始める

僕は高校からラグビーを始めました。

高校時代は全国大会が開かれる花園でもプレーをし、もしかしたら花園でも優勝できるんじゃないか、とも思っていました。

僕は昔から球技が苦手でしたが、そんな僕がラグビーでは活躍することができました。

ラグビーは苦手なことがあってもタックルや運動量で各々の長所を生かしてプレーができる素敵なスポーツです。

僕は心の底からラグビーが大好きでした。

 

高校卒業

高校を卒業し、1年間は浪人生活をしながら母校のラグビー部でアシスタントコーチとして活動しました。

僕の拙いコーチングに一生懸命耳を傾けてくれた後輩たちには今でもとても感謝しています。

しかし結局受験勉強は実を結ばず、第一志望の早稲田大学には入学することができませんでした。

それでも僕は諦めませんでした。

大学でラグビーをしていずれはプロラグビー選手になりたかったのです。

 

専門学校&IBM(1年目)

夢を追い続ける決断をした僕は大学編入専門の専門学校に入学しました。

専門学校では筑波大学に3年次編入することを目標にし、同時に社会人ラグビーチームの日本IBMビッグブルーでラグビーを再開することに決めました。

またちょうどその時、僕は母親の経営する会社を手伝わなくてはいけないことになり母親の仕事の手伝いもすることになりました。

僕の本音としてはラグビーと勉強のみに集中したかったです。

しかし僕が夢を追うために両親に金銭面で負担を敷いていることを考えるとその仕事を断ることはできませんでした。

僕はその時から3足のわらじを履くことになりました。

IBMには過去に3回W杯に出場したラグビー界の巨匠のような選手からトップリーグでのプレーを引退したがまだラグビーを続けたい選手、僕のようにいつかプロ選手として活躍したいと思う選手まで幅広い選手が在籍していました。

1年目のシーズンは周りの選手にフィジカルやプレー、戦術理解でも遠く及ばずついていくのがやっとでした。

しかし幸いなことに試合に出場する機会には恵まれ、優しい先輩方にかわいがっていただきました。

僕はラグビーに精を出すのと並行して受験勉強にも必死に取り組みました。

社会学や知識情報図書館学などの専門書、教養本と呼ばれるものをひたすら読み耽りこの頃は本の虫と化していました。

日本IBMでの1年目のシーズンは結果こそ芳しくなかったものの、得るもののとても大きな1年でした。

 

専門学校&IBM(2年目)

専門学校とIBMに所属してから2年目のシーズンとなり、徐々に編入試験の時期が近づいてきました。

そんな中僕は運悪く、ラグビーの試合中に右膝の内側靭帯を損傷してします。

これが絶望的でした。

当時僕は千葉県に住んでおり学校がある場所は高田馬場

通学のためには毎日日本一の混雑率で有名な東西線に乗らなければいけませんでした。

東西線もさることながら東西線ユーザーはさらに過酷です。

僕が松葉杖をついていた期間はおよそ3週間程度ですが、その期間中に僕に席を譲ってくれた方は一人もいませんでした。

東西線の通勤通学はまさに戦場なのです。

IBMのホームグラウンドは千葉県八千代市にありました。

そのころは受験を間近に控え、学校での授業も加熱していていました。

そのため授業を終えてからグラウンドに向かおうとすると、どうしても練習の終了時間を大幅に超えてしまうことが多発しました。

そんな時はグラウンドに行って練習をしても怪我をしていて効率的ではないだろうと考え、日比谷図書館で閉館ギリギリまでひたすら勉強をしていました。

しかし僕はトレーニングやリハビリの手を抜いたことは一切なく、その頃も並行してジムに通い続けていました。

そのような期間が続き、結果的に週に3〜4回ある練習にほとんど参加できずに久々にグラウンドに顔を出したある時、僕の1番尊敬していた先輩からある言葉を言われました。

「お前ももう引退か。筑波でやるんだろ。」

ショックでした。

僕は練習を休みたくて休んでいたわけでないし、ラグビーも勉強も実家の仕事の手伝いも、すべて手を抜かずに一生懸命頑張っていました。

体の小ささをカバーするために食事や睡眠時間にも気を使い、友達からの飲み会や遊びの誘いもすべて断り、すべてをラグビーに捧げてきたつもりでした。

そんな時に僕の最も尊敬し信頼する先輩の口からこの言葉を聞き、僕の行動はそういう風に見えていたんだなぁと、とても悲しい気持ちになりました。

今、その当時を振り返ると、僕の言葉足らずの部分やラグビーに対する姿勢にどこか甘えがあったのだと思います。

しかしその当時の僕は、勉強にラグビーに実家の仕事の手伝いに、すべてにおいて必死でした。

必死ですべてをこなすあまり、余裕が全くありませんでした。

高校の同期は既に大学で試合に出て活躍をしている。

一方僕はまだその舞台にすら立っていない。

そんな中言われたその言葉で、僕が今まで大好きだったはずのラグビーが嫌いになってしまいました。

 

アイデンティティーの喪失

僕はラグビーを嫌いになったことでアイデンティティーの喪失を経験しました。

高校生から頑張り続けてきたラグビー。

ラグビーのために生き、ラグビーのために頑張ってきた。

まさかその自分がラグビーを嫌いになるなんて。

僕は自分がわからなくなっていました。

自分の中での1番確実で、1番堅実な軸が突如としてなくなり、心に大きな穴が空いたのです。

ラグビーのために頑張り続けてきた受験勉強には当然身が入らなくなり、あえなく撃沈。

僕は何をして生きたらいいのかわからなくなってしまいました。

そしてこの時、僕は人生で初めてセカンドキャリアという問題に直面したのです。

 

セカンドキャリア問題の実態

セカンドキャリア問題の本質とは一体なんなのか。

それはやはり、アイデンティティーの喪失だと思います。

プロであれ、アマチュアであれ、アスリートには必ず引退がやってきます。

現役中はその競技の選手。

しかし引退をした多くの選手はその瞬間、ただの人になってしまうのです。

アスリートとして生涯暮らしていけるのはトップの一握り。

それ以外の大多数の選手は競技を引退した後、ただの人になります。

引退をした瞬間、周囲からの尊敬や眺望の眼差しは消え、アスリートとしての価値がなくなってしまうのです。

僕はこれがとても理不尽で非常に残念なことだと思います。

アスリートや元アスリートはもっと尊敬されるべきです。

大勢の人間が高校や大学でスポーツをやめる中、その後何年間も競技に向き合い続ける。

アスリートの皆さんはこれを当然のようにこなしていますが、本当は並大抵のことではありません。

2020年に東京オリンピックが予定され、今はスポーツ界全体が盛り上がっています。

しかし東京オリンピックが終わった後、おそらく多くのアスリートは引退を決意し、セカンドキャリアを歩み始めるはずです。

僕は引退ではなかったものの、21歳という若さでセカンドキャリア問題に直面しましたので、スポーツ界全体で考えると相対的に比較的小さなショック(それでも人生で1番辛かったです)で収まりました。

しかし、本気で競技に打ち込み続けてきたアスリートが年齢を重ね引退を決意する時、その反動はおそらく一般の方々には計り知ることができない程大きなものだと思います。

そして僕はそんなことを考える間に、いつしかアスリートのセカンドキャリア問題を解決したいと思うようになりました。

 

資本主義の欠陥

引退後のアスリートがアイデンティティーを喪失し、自分自身の人生に不安になるのは、現代の資本主義に欠陥があるからです。

現代の資本主義はお金を稼ぐことに過剰になりすぎた結果、お金を生み出せること自体が1番の価値だと思われてしまっています。

しかし、そのことこそが資本主義の大きな欠陥なのです。

 

価値の3分類

資本主義では価値のあるものにお金が集まると考えられていますが、実はその価値には本来3つの分類が存在します。

  1. 有用性としての価値
  2. 内面的な価値
  3. 社会的な価値

お金2.0 新しい経済のルールと生き方/佐藤航揚

1.有用性としての価値

有用性としての価値は私たちが最もイメージしやすい価値で、現代の資本主義がメインに扱う価値です。

一言でいうと「役に立つかどうか」

現実世界で使用できる、利用できる、儲かる、といったようなリターンを前提にしています。

 

2.内面的な価値

これは役に立つかどうかとは別に、個人の内面的な価値と結びついています。

愛情・共感・興奮・好意・信頼など実生活に役に立つわけではないが、個人の内面にとってポジティブな効果を及ぼすものにこの価値を使います。

毎年夏の甲子園を見て感動すること人々が多数いることを考慮すると、アスリートやミュージシャン、アーティスト、芸人などが保有する価値というのは主にこの部分です。

ウサインボルトが100mを9.58秒で走れても実際の現実世界では何の役にも立ちません。

しかし多くの人はこのことに大きな価値があると思っているはずです。

 

3.社会的な価値

資本主義は個人の利益を追求していくことが社会全体の利益につながるという考え方ですが、社会的な価値というのは、個人ではなく社会全体の持続性を高めるような活動のことです。

資本主義の観点からすると砂漠に木を埋める活動や発展途上国に学校を建てたりすることはお金を生み出さないので価値があるとは見なされませんが、これらの活動にも価値を見出す人は多いはずです。

 

セカンドキャリア問題の解決法

上記のように本来価値には主に3つの分類があり、それぞれが複雑に混じり合っているのが現実世界です。

しかし現代の資本主義では有用性としての価値のみが評価され、内面的な価値と社会的な価値にはお金(評価)が集まらないのが現状です。

先ほども説明した通り、アスリートは主に内面的な価値を多く保有しています。

たとえその競技を引退したとしても、そのアスリートが培ってきた経験や技術、その思考はそのアスリートだけの資産となり、絶対的な価値として認識されるべきものなのです。

そしてこの内面的な価値が多くの人の目に見えるように可視化された時、アスリートのセカンドキャリアという問題はなくなるのではないかと僕は思います。

ですので僕は

内面的な価値を可視化し、人々に内面的な価値が価値あるものだと認識してもらうために起業しました。

人々が内面的な価値をきちんと認識できるようになれば、その価値のやりとりに価値が生まれ、自然と好循環が形成されていくだろうと思います。

 

まとめ

以上のように僕は21歳という年齢で早くもセカンドキャリアという問題に直面し、その実態を肌で感じることができました。

これからAIや機械が仕事をするようになれば、スポーツやエンターテイメント、アートに関連する分野の需要が増えることは確実です。

その時、人々が今までに培ってきた内面的な価値が可視化されていることで、その分野で活躍している人々の努力や想い、その人生が報われると僕は思います。

 

僕が起業した理由アスリートのセカンドキャリアという問題に気がついたから」は以上になります。

自分自身がセカンドキャリアという問題に直面したことで起業に至ったというお話でした。

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